おなごテツ

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7月23日(土):自分を大切にする、ってどういうこと?

7月23日に行われた「おなごテツ」のテーマは、「自分を大切にする、ってどういうこと?」でした。

以下は当日の発言録です。

 

  • 何かあった時、自分のせいと考えてしまいがちだが、自分にすべて責任があると思わないようにする。少しは外部のせいではないか、と考えるようにしてみる。
  • 「自分を大事にした方がいいよ」と言われてムカついたことがある。その人とは価値観が違ったから、そう感じたのかな、と。「自分を大切にする」のは、自分の価値観に反することはしない方がいい、ということかも。
  • 責任は自分だけのせいではなく、「自分、運、環境、遺伝」に分担される、という太宰治の説がある。
  • 損得がはっきりする時は計算はするが、損得計算の対象外(友情や恋愛)においては、自分を大事にするかどうかを考えない。自分を大事にしないことによって、結果的には必要とされ、大事にされることもある。
  • 人に気を遣いすぎ、と言われることが多い。その時にもっと自分を大切にしたら、とも言われる。でも自分にはそういう価値観がない。
  • 価値観が違うところから「自分を大事にして」と言われるから違和感が発生するのでは? どの価値観から言われているかわかれば得心するかも。フォーカシングでは、自分の体の中でどう感じているかに注意を向ける。そういう時は自分を大事にしている感じがする。自分に集中している時、マインドフルな時。
  • ※参考「フォーカシング」
  • いや、と言えなくて受けちゃう時、自分を大事にしてない、と言われがちかも。
  • お腹が空いていない時、無理に食事をするのは自分を大切にしていない、と思う。
  • 自分のことについて、ずっと考えて悩めることは贅沢。家族や他人のことではなく。自分のことについてずっと悩んでいるのは、自分を大切にしている、恵まれている、と思う。 自分自身を哲学できる時間は、自分を大切にしている時間。
  • 自分を大切にできるのは、自分が孤独だから。社会に参加していると忙しくてなかなかできない。
  • あまりにも他者に尽くしている人をみると、さすがに「もっと自分を大切にしたら」と言いたくなる。
  • 宗教は教祖の価値観に依存しているので、自分の価値観ではないのでは。だから滅私奉公もできる? 自分なりの基準を構築することができないのは、自分を大切にしていないのでは。自分の型に合わないことを続けると、自分を追い詰めることにもなる。最終的に自分を救うことができるのは自分しかいないので、自分の価値観に沿って構築していった方がよいのでは。
  • 誕生日は自分に向き合う日にしている。自分の好きなものはなんだっただろう、とか。 また、ふと目にした「自分の魂に失礼のないように」、という言葉が心に刺さった。
  • 性格とか価値観や性質に嘘のないように生きながらでも、うまく世間と絡み合うことができる人はそれでいいと思うが、うまくいかない時、宗教に頼る気持ちもわかる。その中の人間関係は嘘かもしれないが、それを演じる時に幸せを感じるかもしれない。どちらにしろ、「自分で決める」ことが大事では。
  • 人間は心身ともに「痛い」ことはしたくない。それを避けていれば、自分を大切にしていることになる。でも手術などで痛い思いをせざるを得ない時、それは自分を大切にしているのだろうか…とも思う。
  • 自分にとってラクな方を選択することが、自分を大切にすることかな、と思う。いやなことが重なれば、その場を離れる。
  • 修行・苦行が好きな人は、それを自分で選んでいるが、そういう人は自分を大切にしているのだろうか?
  • 宗教と言うのは、自分を神にゆだねる事なので、自分を大切にしていると思う。宗教は苦しいからいいのかな。苦行もまた、自分を大切にしていると言えるのでは。苦行自体が信仰だから。信仰心を持つことと自分を大切にすることが両立するのが理想では?
  • ケアとセラピーの違い。ケアは自分に余裕がない状態の時にパワーがたまるまで問題を放置する。自分のペースで歩むために。一方、セラピーは自分の中のゆがみに気づく、しんどい行為だからパワーがないとできない。自分を知る作業も長期的目線では自分を大切にすることだと思う。※参考:「居るのはつらいよ」…ケアとセラピーについての覚書 (シリーズ ケアをひらく)
  • 最高傑作はNext One(byチャップリン)
  • 手術はきらいじゃない。それは、今のままでいるのは自分に優しくないから。
  • 今の自分が食べていくための仕事と、10年後の自分のための仕事を両立したいのは、自分を大切にしている、と思う。
  • 自分の庭で作った野菜を天ぷらにして食べて、満ち足りて眠くなった。野菜も自分も大切にしているなぁ、と思う。 
  • 手術は好き。悪いところがあって、いろいろ調べてもわからず切ってみた。そしたら、なにかが入れ替わったみたいで、新しい自分が生まれたように感じた。
  • 新しい自分を大事にする、というのは、「今」のまだ古い自分は大事にしていないのだろうか…
  • 安藤忠雄氏がガンになった時、あきらめも肝心だと手術に臨み五つの臓器を摘出したらしい。でも、身体が軽くなって、僕はまだ生きてる、とおっしゃったのを見て感動した。
  • 迷ったら楽しい方へ行け論と、迷ったら困難な方へ行け論、両極端な意見があるが、どちらも自分を大切にすることなのか? 参考:「迷った時は困難な道を選べ」by 岡本太郎
  • 今日の自分のラクが、明日の自分に迷惑がかかることがある。未来の自分を大切にすることは、今の自分を大切にしないことなのか?
  • 将来の怠惰のために今勤勉である。という言葉もある。不安を取り除くために。その方が自分の心がラク。とはいえ若い頃はそうできたが、年を重ねた今は、今の苦痛を避けている。
  • 肉体的、物理的な痛みは取った方がいい。でも精神的なものは、とりあえず片付けた方が結果的にラク。 ただ年齢を重ねてからは、逃げ切れるものは逃げてもいいのでは、と思う。社会的な責任が減ってしまったら、ラクを選んでもいいのでは、と。
  • パートナーと性格が真逆。心配症と、そうではないタイプと。自分は先手をうって、いろいろやっておく。 一方「なんとかなる」と思うパートナーは、いざとなったらなんとかなってしまっている。その人自身が自分の性格を把握して、ベストな選択をしていれば、どの時点で「辛さ」を選択してもいいと思う。
  • 日本人の価値観も変わってきた。昔はがんばることや向上心が美徳とされていた。その価値観にフィットする人はいいが、そうでない人もいた。今は自由に自分らしくとか、逃げてもいいという価値観も生まれてきた。価値観の幅が広がって、人それぞれの選択ができるようになったのはいいこと。逃げてもいいし、がんばってもいい。
  • 自分に同意してもらう。「今日、仕事さぼってもいい?」みたいに。
  • ゆるがない価値観があれば、それ以外はその場に合わせて価値観を切り売りしても大丈夫。
  • 未来の自分を信頼すると、不安が少なくなる。自分への信頼=自分を大切にする、とも言える。
  • 過去には困難な道を選んだり、相手に合わせることもあったが、年を重ねて仕事から少し離れると、ゆる~くなれた。怠けることも自分に赦す気持ち。合わない人とは付き合わない選択もする。 自分を大切にすることは、年齢とも関係が深い。
  • バンワーク(車中で仕事や生活)をする中で、皿洗いや洗濯など自宅ではこだわっていたことがどうでもよくなる経験をした。野性味あふれる自分になることに安心感がある。状況が変わると、固定観念が外れ解放される。
  • 友達にしないことは、自分にもしない。遊びに来た友達にお客様扱いするみたいに自分に対してもしてあげたら?という意見を聞いたことがある。丁寧にお茶を淹れるとか。
  • ご飯を食べる時の拘りなど、拘りを沢山持てば持つほど自分に負担になる面もあるのでは。
  • 根本の拘りを揺るがせなければ、その他には拘らなくてもいい。根本の拘りだけは大切にする。個々の事象には拘らないとラク
  • 日本人の昔の感覚では、特に女性は他者をもてなしても自分は下に置くようなところがあった。最近はいろいろな考え方が入ってきて、自分を大切にしなさいというメッセージが増えてきた。 でも物質的な豊かさを勧めるところには「比較」がつきまとうから、自分を大切にする、ということとは少し違うような気がする。 
  • 昔、自分が落ち込んでいた時、自分の気持ちをアップさせる方法をいくつか見つけた。これは、ストレスコーピング(ストレスを感じた後に適切に対処する)という方法らしく精神衛生上よい。
  • モノを捨てることですっきりする人とストレスになる人がいる。人それぞれ…。自分がよければ、どちらでもいい。
  • 高野文子さんの「るきさん」という漫画がある。マイペースでラクに楽しく暮らしている。外の情報に揺らされず、一人暮らしを楽しんでいる。これは自分を大切にしているなぁ、と。90年代バブル後期の作品だけど、「今」にもフィットする生き方。
  • 自分を理解していないと自分を大切にはできなさそう。
  • 自分を大切にしているかどうかは、幸福感でわかるのかも。
  • 揺るがない自分があっても無くても、ある前提でいればいいのかも。